類型論的な角度から見た「受影受動文」

張 麟声 (立命館アジア太平洋大学)

 松下(1930)の「利害の被動」という発想を受け継ぎ,益岡(1987),金水(1991)が現代日本語の受動文を受影受動文とそうでない受動文とに分け,日本語本来の「ニ受動文」は受影受動文だという説を唱え,学界に大きなインパクトを与えた。
 益岡(1987),金水(1991)説は日本語の言語事実を的確に捉えたものだけではなくて,類型論的に諸言語の受動文を記述する場合にも有用なアイデァである。本発表では,この知見を念頭に置きながら,新しく発見した中国語や日本語の受身に関する言語事実,例えば,中国語にも少数ながら,間接受身が存在すること; 日本語の直接受身にも実は「*シャツが母に洗われた」のように,迷惑性なしでは成り立たないケースがあること,及びタイ語,ベトナム語の受身文のありかたを検討し,諸言語の受動文は類型論的に中立型受動文と受影型受動文とに分けられると主張した。


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Last update: 2003/10/28